この文章はThe Duelist#5に掲載されていたものを独自に翻訳したものであり、 翻訳許可をとっていません。 この文書の取り扱いは十分にご注意下さい。 また、訳の間違いもある可能性があります。それらをふまえてお楽しみ下さい。(訳者) 翻訳には鴨屋 真)さん、米村*ぱお*薫さん 小澤 Crouton 索郎さんにご協力を頂きました。 Feast of Kjeld by John Tynes キイェルドの祝祭(中編) -アイスエイジ異聞- by ジョン・タイネス ハルヴォアが硬くなった足で立ち上がった。 「もちろんですよ、良い騎士どの。  火の近くにもっと寄って、あなたがたも暖まってください」  三人は素早く大またで進んで、そして火の熱で暖をとった。 司祭は、彼女らの顔から、寒さを取り除く以外の望みを読みとることはできなかった。  しばらくして、女騎士が再び口を開いた。 「私は、白き盾の騎士団の、ルシルデ・フィクスドッターと申します」その騎士は 言った。 「こちらは聖なる灯火の騎士団の、クラジーナ・ジャンスドッター。こちらは "せかせか者"と呼ばれるディーサです」  ディーサが火から目をそらして、司祭にほほ笑んだ。  彼女の顔は寄る年波でしわが寄り、彼女の耳は凍傷による傷跡が残っていた。 「私たちはクロヴまで行こうとしていました。しかし、嵐が強すぎて…… 私たちは、祝祭日に間に合わないのではと心配なのです」 「どちらも合っていますが、どちらも間違っていますよ」ハルヴォアは優しく 言った。 「今日が祝祭の当日なのです。今日中にクロヴまで辿りつくことは無理でしょう。 しかし、我々は我々なりの、自分たちにできる限りのやり方でこの日を祝うこと ができます。みなさんも一緒にどうでしょうか?」  司祭は進み出て、そして順番に、それぞれの手を自分の手でこすって、相手の手 を自分の手で暖めるように握り締めた。−これはキイェルドの伝統的な挨拶だった。 「私はハルヴォア・アレンスンと申します。  この娘はケイサ、私のお手伝いで、教会で面倒をみています。  私は、私たち五人が唯一の祝祭の参加者であろうことは残念です。が、 私たちは名誉ある日に値することを祝いましょう」  もう一人の騎士は、それまで、気を付けて二人を観察していた。ハルヴォアが 彼女の手をこすったとき、彼女の目が怒りできらめいた。 「司祭様、ここの人々にとって、何か良くないことでも?  私たちは1ダースもの家の戸をノックしましたが、我々の呼びかけに応えた家は 一つとしてなかったのですが」 「みんな、怖がってるのよ。  みんな、隠れているの」悲しげに、まだ幼い少女は言った。  ハルヴォアの顔色は、騎士の叱責によって暗くかげった。 「どうか、村人の失礼を謝らせてください。  嵐も恐いのですが、しかし、人々はリム=ドゥールをいっそう恐れているのです。  戦争時に、旅行者への慈善の心は、自衛に道を譲るものなのです。そして同様に、 他の多くの美徳も道を譲るものなのです」  彼は、他に誰もいない教会を見回した。  クラジーナはうなずいたものの、その目はまだ納得していないようだった。  彼女は火に目を戻した。暖炉の前で彼女の2人の仲間はまだ震えていた。  ケイサがはにかんで三人の女性を見上げた。 「わたしたちはお祭りのために、パンを焼いたり準備して日を過ごしてきたんです。 いっしょにお祝いしませんか? 分けても食べきれないくらい焼いたのよ」  ディーサは微笑みながら火から下がった。 「それはあたしたちにとっても嬉しいわ」彼女は言い、幼い少女に手を差し出した。 - 2 -  五人は、その2倍は囲めるであろうでこぼこの樫テーブルの周りに座った。  バターやジャム、小さく切り分けられた肉に囲まれて、用意されたパンがテーブルの 中央で積み重ねられた。  ハルヴォアとケイサは、ほほ笑んで客に勧めてから、ゆっくりと口に運んだ。  三人の旅人は、テーブルの上にかけらを散らかして、薬味を付けながら食べていた。  満腹して、ルシルデが食べるのをやめ、あらためて残り物を眺めた。彼女は苦笑して、 頭を振った。 「空腹というものは、行儀よりも強いのですね」 「恥ずべきことではありませんよ」ハルヴォアが言った。 「長い旅路をやって来たことに間違いないのですから」 「私たちは、ディーサの遠征隊の帰りを待って、これまでの2週間、山道に配置 されていたのです。  ディーサは、西部地方に旅していました。それは人が歩いて行くことができる限界で あるくらい遠いところです。そして、戻ってきたただ一人の人間なのです」 「遠征隊?」 「あなたのパーティーの残りはどこに?」  ディーサは悲しそうにかぶりを振った。 「あたしたちがアダーカー荒原(Adarkar Wastes)を抜け出したとき、山脈の西部で、 ネクロマンサーの部隊によって攻撃を受けたのよ。  仲間の大部分が殺され、残りは四散したわ。  あたしは山の合流地点において3日待ったけれど、他に誰もやって来る者はいなかった。 彼らも今では不死の軍隊の仲間になってるのでしょうね」  彼女の表情は、何年もの旅行と荒っぽい生活のせいか硬かったが、それでも彼女の 悲しみを隠せるものではなかった。  居心地の悪い静寂が続いた。 「もうしわけない」 ハルヴォアは、そう言うのがやっとだった。 「何もかもが悪い方向に向かっているように思えてならない。戦争は新たな悲劇を 生み出しています。  あなたの旅行の中で、希望をもたらすような何かは見つかりましたか?」 「あたしの仲間は無駄に生命を失ったわ。  荒れ地を、ヤヴィマヤ川を越えても、何もなかった。少数のドワーフたちや ゴブリンの一群、あらゆる種類のたくさんの獣ぐらい。  けれども、あたしたちは、その支援が間に合ったと言えるような人々、どんな 文明的な土地も見いだすことはできなかった。  キイェルドーは単独で、リム=ドゥールに相対しているのよ」  ハルヴォアはうなずいた。 「私も同じことを考えていました。 これは文明と成長のための時ではありません。  私たちは、このひどい寒さを我慢するかのように頑張っています。ネクロマンサーの 軍隊が成長し、単に生き残ることだけが−−」  小さく、鼻をすする音がした。一同はその目を幼い少女に向けた。  涙が、彼女のほおを伝って落ちていった。 「その人は、わたしたちを殺そうとしているのね?」  ケイサは泣いていた。 「そして、それで、わたしたちは、その人たちと同じように死んでしまうの?」  ディーサが椅子から立ち上がって、その腕の中に10歳の子供を抱きしめた。 「大丈夫よ、かわいい子。  キイェルドは、私たちが彼に負けて、その野望が実現するためだけに、この 素晴らしい土地を作られたのではないのよ。  あたしたちは勝つわ。  あたしたちは死なないわ」  ケイサは、ディーサの肩に頭を預け、静かにすすり泣いた。  ディーサは子供の首を撫で、驚いてびくっと動いた。 ケイサの首の根元に、 三日月形をしたあざがあったのだ。 「ケイサ?」彼女は慎重に言った。「あなたの首にあるこのあざは何? これは ずっとそこにあったものなの?」  ケイサは頭を上げ、顔から涙をふいてうなずいた。  クラジーナが尋ねた。 「それがどうかしたの?」  ディーサは、微笑みながら若い少女を抱きしめた。「運命の輪が動き出したのよ、 クラジーナ。 輪がついに回り出したのよ」  クラジーナは彼女を見つめたまま、何か質問をしようと口を開きかけたとき、ドアを ノックする音が響いた。 「おそらく、村人すべてが、結局のところ臆病者ではないのでしょう!」  教会の後部に歩いて行きながら、ハルヴォアが嬉しそうに言った。  大きい扉を引き開けた彼は、突風と吹き込んで来る雪から顔を反らした。  戸口には、水晶のような透き通った青色のローブを風にたなびかせた、背の高い 老人が立っていた。  彼の髭は長く白かった。そして、ふしくれ立った木製のスタッフをしっかりと 握っていた。 「コールビーヨーン!」ディーサが甲高い声で言い、その顔はぱっと明るくなった。  彼女は立ち上がった。 「こんなところで何をしているの?  どうやって嵐を通り抜けてきたの?」  柏槙派の上座ドルイドは中へ入り、後ろ手に扉を閉じた。 「風はフレイアリーズの吐息であり、嵐はその魂である」彼は厳かに言った。 「雪はその涙であり、その抱擁は彼女の愛である。  どうやって私が嵐の中を通ってきたのか? 私ができない理由があるはずがない。 フレイアリーズは見守り、フレイアリーズが守ってくださる」彼の声は、厳格さと 権威をかもしだした。  ディーサの微笑は消えていった。 「変わってないわね。  あなたは、フレイアリーズの名を3回言わないで40の単語を話すことはできない のよね」  コールビーヨーンはいかめしく彼女を見た。 「君もな。  生意気さを隠して、10の単語を話すことができないところがな」  ハルヴォアが、このやりとりを含み合わせて、ようやく口を開いた。 「森の人、こんなところでいったい何をしていらっしゃるのですか?」彼の声は 静かだったが、堅かった。 「私は他のドルイドは言うまでもなく、フィンドホーンを出ることなど、見捨てた 国に出向くことなどはない、と思っていたのですが。  共に住んでいるエルフたちですらまだ旅をする傾向があるというのに」  食卓に座っている二人の騎士は、それを興味深く見守っていた。 「あなたがコールビーヨーン殿?」ルシルデがテーブルから立ち上がった。 「私は何年も前に亡くなったと思っていましたわ」  年老いた男は頭を振った。 「知っていたとも。  しばらくの間、キイェルドーを旅しないことにしていたからね。それで君たちは 私が死んだと思うのだろう。  君たちは自分の土地の魅力を過大評価しているよ」 「もういいから!」ディーサはいらついて言った。 「コールビーヨーン、私は何があなたをここにもたらしたかは知らない。でも、 ここに来たことは良いことだわ。  この子よ。ケイサというの」  ディーサは、その顔に微笑みを浮かべてコールビーヨーンを見ていた少女に、 身振りで来るように合図した。 「この子は印を持っているわ。コールビーヨーン。 運命の輪は回ったのよ」  コールビーヨーンはうなずいた。「それこそ、私がここに来た理由だよ。 フレイアリーズが導いてくださったのだ。この子をフィンドホーンに連れて帰り、 我々の教えに参加させ、そして、彼女が成熟した暁には、私の地位を継いでもらう ために」  ハルヴォアの顔は紅潮した。 「ドルイドよ、それはずいぶんと突拍子もない話しのように思えますが。 この子は キイェルドの志を継ぎ、あらゆる事柄を改善するべく彼が打ち立てた、名誉と 伝承について学んでいるところです。あなたとあなたの森の女神はどこかよその場所で 捜されるのがよいのでは」  ケイサは、司祭とドルイドを、口を開くこともなく見比べていた。彼女の微笑みは 消えていた。  上座ドルイドの表情は柔和になった。 「この場所は神聖な土地だ。そして私は君の感情を害するつもりはない。そして 君が大好きなこの子の感情も。  君がケイサを手放すことを望まないなら、私は君の要望を尊重しよう。  君たちはまもなく全員死ぬことになる。私はその時までケイサを守るだろう。  その後、君の望みを汚すことなく、彼女と私はフィンドホーンに戻るだろう」  口を開いたのはクラジーナが早かった。 「死ぬ? 私たちが?  ドルイド殿、あなたは何を話してらっしゃるのですか?」 「この村はリム=ドゥールの軍隊によって包囲されておる。  やつらはすべての家で、すべての道路で、すべての人を虐殺したのだ。  私たち六人は、ミッケル村の中で唯一の生き残りだ。そしてやつらは次に私たちの ところに来るだろう」  ルシルデが蒼白になった。 「私たちが…ノックした、ドアの全てが」つかえながら彼女は言った。 「…その後から」  激怒で顔を真っ赤にし、涙を流しながら、ハルヴォアが前へ出た。 「あなたは、そのことを知っていたのですか?  その人々が虐殺されることを知っていながら?  なのに、それにも拘わらず何もしなかったと? この化け物! 悪魔!」  コールビーヨーンは司祭に冷酷なまなざしを向けた。 「私は事前に、これらの出来事の情報を持ってはいなかった。  私はあらゆる生命の損失を嘆き、悲しんでいる。  私はただ、自らの義務を履行するためにここにいるに過ぎないのだから。  この子は、上座ドルイドの印を持っている。私が持つのと同じしるしを。 それは、私の跡を継ぎ、我々の教えを導くという、彼女の宿命なのだ」  ハルヴォアは後ずさり、身体を振るわせながら反感をあらわにし、それで納得は しなかった。 「口論は後にしてください!」ルシルデが叫んだ。 「もしそのことが本当なら、私たちは準備をしなくてはなりません。  死者どもは、今この瞬間だってドアの前にいたかもしれないのですから!」  コールビーヨーンがうなずいた。 「確かにそうだ。  やつらと、やつらを導くものでさえな」 「リム=ドゥールが? リム=ドゥールがここに?」  ディーサの声は彼女のショックを適切に表わしていた。  教会の扉が三たび開いた。そしてまた一人の騎士が入って来た。  彼は背が高く、リンネルの上衣(サーコート)は輝けるフェニックスのよう に見えた。その紋章はストロームガルド騎士団−−最も誇り高く、そして最も荒々しい キイェルドーの軍隊−−だった。  彼は扉を閉じ、そして一同を見るために振り向いた。  彼の背後では、ドアのひび割れを通して風がピューと泣いていた。  その声は風か、あるいはもっと悪い何かだった。 「クラジーナ、ルシルデ。 ここで会うとは奇遇だな」 低い、強い声で彼が言った。 「アヴラム・ガリースン(Avram Garrisson)! キイェルドよ、感謝します」  クラジーナは言った。 「私たちはあなたの剣と武勇が必要なの、この村に死者がはびこっているわ。  コールビーヨーンが言うには、リム=ドゥールでさえ私たちの前にいるかもしれない。  もしやつの軍隊がこの距離に達しているのなら、夜明けまでにクロヴに辿りつく ことだってできるわ!」  その騎士はどこか気味悪く、ヘルメットをかぶった頭をうなずかせた。 「確かにそうだな。 それが我々の計画だ。  だが、リム=ドゥールは俺たちと一緒ではない」  アヴラムがヘルメットを取り、青ざめて、そして緑色になったその顔を明らかに した。生命の高ぶりは消えうせ、彼の目には冷たい炎が燃えていた。  クラジーナが息をのんで、自分の剣を鞘走らせた。 「彼はやつらの仲間だわ! やつらはアヴラムを奪ったんだわ!」  ケイサは、コールビーヨーンの隣りに寄り添い、そして小さな手で彼のローブを しっかりと握りしめた。  彼女はアヴラムを睨みつけた。そこには無言の非難であふれていた。  ドルイドは、ケイサの肩に手を置いて、頭を振った。 「あの者たちは、自由に与えられたものを受け付けることができなかったのだ」  ルシルデもまた、剣を抜いていた。 「どういうことです?」  アヴラムが笑った。 「そいつは、ストロームガルド騎士団がついに我々の悲願を達成したと言って いるのさ。−−キイェルドーはキイェルドーのために!−−それまでの俺の誓い、 それが今までよりさらに深まったということさ。  我々の土地を支配する者たちは貧弱で、誇りもない。  奴らはエルフどもと交渉し、ドワーフなどと取引し、バルデュヴィアの野人どもに 食物を恵んでいるのだぞ。  俺はこのような忌まわしい者たちは、ただ一つの評決に値すると信じている。 それは死だ。  リム=ドゥールこそが、それに値する者たちに、その贈り物をもたらすのだ」 「この野郎」 ルシルデが低い、怒った声で言った。 「あなたこそ、誇りを失っているわ!  キイェルドーを守る宣誓をしたのではなくて!」 「俺は誓いを破ってはいない。  俺はキイェルドーに仕える。そしてその正当な臣民である真のキイェルドー人に 仕える。 だが、誰が本当のキイェルドー人なのだ?  クロヴにおわす我々の指導者か? 我らが、ぶよぶよで退廃的な商人どもか?  それとも貴様か?  俺はそうは思わん。  真のキイェルドー人は、その国に最も素晴らしい贈り物を捧げることができる。 その生命だ。  真のキイェルドー人は名誉とともに戦い、そして名誉とともに死ぬ。愛する土地の ために。その叫び声は長く、大きく轟くだろう。  キイェルドーはキイェルドーのために!」  ガラスが粉々に砕けた。  嵐の雄叫びは忌まわしきものの絶叫のように押し入ってきた。 「そして、キイェルドーがキイェルドー人が暮らすのに値しないのならば」 腕を 振り上げながら、アヴラムは言った。「それはキイェルドーの死者に値するもので あるように!」  死体が、叫び声をあげながら、窓から飛び込み、扉をも押し開けていっせいに 入り込んで来た。  死体は蒼白く、あるいは黄緑色で、腐敗ガスでぶよぶよに膨れ上がり、そして 不浄な生命力であふれていた。  それらは、身体に負ったひどい深手と裂け目から、赤黒い内臓をさらしていた。  目玉が欠けているもの、手が無かったりするものもあった。  誰一人として、魂を持っていなかった。心も、そして慈悲も。 「キイェルドーよ! 守り給え!」 ルシルデが叫んだ。  彼女とクラジーナは電光のように動いた。  彼女たちは、最も近い座席を蹴飛ばし、最前列の死体をつまづかせた。  最初にクラジーナ、次にルシルデが、押し寄せるものの胴が開くように横倒す。  だが、腐れる肉体が教会を満たすにつれて、生ける者はぐんと後方に下がっていった。  ケイサが悲鳴をあげた。 (後編に続く)